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2018年度入試総括

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3月 172018
 

2018年度入試総括
文責 塾長:伊藤

 国立大前期の発表から一週間余り。つい先週まではまだまだ冬の寒さが残っていましたが,気がつけば桜の開花を目前にする暖かさになってしまいました。季節の流れに記憶も流されてしまわないうちに,西荻塾の2018年度の総括をしておきたいと思います。

今年は国公立大6名を含め,23名中18名が大学への進学を決めました。まずは合格おめでとう。

さて,この合格に当たって,例年以上に印象に残るのは,皆スタートも仕上がりも早かったこと。当たり前と言えば当たり前なのですが,当たり前のことが正攻法なのだと改めて実感しています。多くは理系でした。春先に課題の克服からスタート。中には在籍高校で一番レベルが下のクラスにいた者もおり,やることは山積していましたが,着々と作業を進め,行き詰まっては講師と相談,そして修正を繰り返し,夏が終わる頃にはすでに合格ライン乗るところまでに達していました。

この流れが可能にしたのは,早期に自分のペースの確立できたこと。特に現役生は学校生活との両立がテーマとなりますが,合格者たちは,塾の自習室を上手に活用しながら短時間であっても継続的な学習に取り組み,淡々と実力を伸ばしていきました。夏前には,もう一人前の受験生の顔つきになっていたと記憶しています。英語担当としてもう一つ付け加えるなら,全員英語の仕上がりが早かったこと(以前コラムで触れました)が,国公立大の主戦場となる数学や,理系の理科に対して秋以降重点的に学習時間を振り向けられる余裕を生んでいます。

こうした結果,センター試験では全員がきちんと得点し,気負うことなく二次試験を迎えることができたように見ています(もちろん,当人たちはプレッシャーのかかる毎日だったでしょう)。合格は,学習ペースの作り方の観点からすると極めて順当なものであったと感じています。今後の指導において一段と「この流れが一つの理想」と確信を深めた経験でした。

一方,苦戦した生徒たちもいます。その多くは受験が終わった後に「あと3ヶ月あれば!」と口にしましたが,詰まるところスタートの遅かった(または安定した学習ペースを確立できなかった)生徒たちです。受験に対する意識を持つのが遅くなりやすい都立高校の生徒については,例年以上に指導において様々な注意を払っていましたが,もはやここは強制力を発動するほかなかろう,というのが個人的な結論です(今後,大学受験部統括と相談します)。

とはいえ,冬が近づいてからの集中力は各人素晴らしいものでした。「もう3ヶ月」前からその顔が続いていたなら,確かに別の結果があったと思わせる姿だったと思います。当人たちにとってそれは今後の財産となるはずで(塾として,それを以てよしとは言えませんが),卒塾していく者はそれをどこかで活かせることを願います。そして,また一部は「あと3ヶ月あれば」の経験を糧に,もう一年頑張っていくことになります(その何人かが,既卒としての勉強場所にこの塾を選んでくれたのは,率直にうれしいことです)。

と,かように今年はコントラストのある結果となりました。ただ,この結果のコントラストはゴールの部分ではなく,そこに至る過程を如実に示したものであり,ここまで明確な反映の仕方となったのは感触として初めてと言っていいと感じています。入試そのものもここ数年は全体として厳しくなってきており,事前の予想に反した合格というのは減ってきた感があります。丁寧に準備を進めて,節目ごとに結果につなげてきた者が,最後に合格をつかみ取る。冒頭の繰り返しになりますが,それこそが志望校合格への最短ルートです。

ということで,過程が大事という話をしてきた流れの中では生徒個別にどのよう学習を進めてきたのかを書き出したいところですが,この点はまた改めてといたします。西荻塾は大学受験の指導を始め,前身の塾から数えてこの春10年目に入ります。授業と自らの学習姿勢の確立を軸に指導を進め,毎年そのリニューアルを図ってきました。2018年は,上で述べたコントラストを塾内において消し去る,これを目標に指導に当たろうと思います。ですので,新受験生以下の皆様,覚悟してくださいね。

2018年3月17日卒塾祝いパーティの前日に

受験勉強なんて役に立つのか?

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3月 162018
 

2018年度入試に寄せて「受験勉強なんて役に立つのか」
文責:高校部総括 赤星
※この記事は、2005年、大卒当時、受け持ちの生徒に向けて送った餞言葉です。
そして2013年に西荻塾を設立したときにリビルドをしたものを18年度入試終わりに改訂したものです。

 「受験勉強なんて役に立つんですか?」
 毎年のように何人もの生徒達から発せられる問いです。もっと根源的な問いとして「学校でやる勉強ってやる意味あるんですか?生きていく上でなんにも役に立たないんじゃないですか?」というのもよくあります。特に高校数学の授業はそういう問いに直面することが多いです。寂しいですが。
 たとえば「数学なんてやる意味あるんですか?文系なのに。」この質問に文科省的に答えるとすれば,「数学を通して論理的思考力を修得する」ということになります。この答えについて,議論をふっかけることはしません。まさにおっしゃるその通りです。
 しかし,実際に sinθやlogxを目の前にして苦戦する子どもたちに,それでは漠然としていて効力を持ちません。毎回そういう質問を受けるたび正直苦労してきました。学生当時,大学受験指導を始めたころは,結局,「受験に受かっていい大学に行きたいのならあきらめて。どうせやる,もとい,やらされるのならば最大限の効果が得られた方がいいでしょう。」と逃げるような答え方をしてきました。効力?もちろん,塾は少なからず受験を意識した者の集団ですから,ないわけではないが。

 確かに,まだ受験が遠い生徒達からすれば学校の勉強は一つの「やらなければ仕方ない」ものであって,そのものが直接的に実際の生活に関わっているかというとその実感がもてない,というのは事実でしょう。私でもかつてそう感じたこともあります。文系なのに化学をやる,理系なのに古文をやる,のように「〜なのに,」という言い方がその象徴たる言い回しです。いかにも無駄といわんばかりに。それよりも,もっと実利的なものを学んだ方がいいのではないのか。
 では,なぜ全ての子どもたちが不快に感じる勉強を強制する世の中の仕組みが存在するのか。まずは,いささか遠回りではありますが,学びの意義について考えてみる必要がありそうです。
 生物学的な一つの通念として,「外界の変化に適応して変化できる個体は,そうでない個体よりも生き延びる確率が高い」というものがあります。生物が絶えず変化し,その細胞一つ一つが常に代謝し続けるのはこうした変化に対応する生存戦略上の必然です。この論理を学びに当てはめた考察があります。内田樹氏(仏文学者)はこう指摘します。
「子どもが学ぶべきことは『変化する仕方』です。学びのプロセスで開発すべき事は何よりもまず“外界”の変化に即応して自らを変えられる能力』です。」(内田樹『下流志向』講談社刊)
 外界の変化は往々にして残酷です。かつて全世界を牛耳ったハ虫類の巨大生物が一瞬にして絶滅したことはご存じでしょう。このような厳しい自然界で,生き物たちは生まれては絶滅し,その繰り返しのなかでときには一見非効率な,それこそ数から質へ,すなわち子孫の数を減らしかつ相手を探し求めるものすごく手間のかかる有性生殖を選んでさえもなお,外界の変化に対応してきました。ここに「非効率こそ最適である」という生命の逆説性をまざまざと見せつけられます。
 そして,自らの体温を代謝によって一定に保ち多少の気候変動にも耐えられる動物たちが登場し,我々の祖先となっていきます。今や全生物の頂点に立つヒトでさえ(そうでない,という批判はさておきます),決して順風満帆ではなかったはずです。
 ヒトは,裸のままでは極めて無力な存在です。空も飛べなければ,足も遅い。重い頭を抱えて二本足でわざわざ歩く。肌は下界の気温変化に容赦なく痛めつけられる。それでも,なお,このヒトという生物が生き延びてきた理由は一つ,環境の変化と伍していくために,ヒトは知能を用いて対応してきたということです。ヒトが究極的にこれまでの生物と違うところは,自らの弱点を知能をもって補い,そして,主体的に学びを習慣化させることができることです。ヒトは,この知能を駆使して自然界を学びつづけました。その結果は,直接的に実利に結びつきヒトは爆発的にその数を増やしていきました。
 そうしたなかで,すでに古代ギリシアや古代インド・中国をはじめ,原始社会をいち早く脱した社会は,すでに紀元前から,一見すると直接的に実利に結びつかないような学びをも習慣化させていた。哲学や数学,近代というシロモノが殺したという「神学」,それこそ,「意味がなく」,その日を暮らすことに精一杯だった庶民達の目に触れることがなかったもの。
 しかし,こうした「無駄な」こと,すぐに「役に立たないもの」は,それこそ知的遊戯で終わったといえるか。先に述べたとおり,進化の過程は,目の前の実利によってのみ達成されるものではない。xを限りなく0に近づける,という一見すると謎の試行(数学III:関数の極限)は,それこそ微分積分学の基礎となる考え方であり,それが物理学・工学を飛躍的に進歩させ,現代文明の糧となりました。xを限りなく今度は∞に近づける「無駄な作業」は,金融市場分析を劇的に変え,その結果として資金調達手段の幅を広げ,社会に深く深く貢献してきました。
 要するに,学びの本質は,生物が進化の過程でそれこそ学んできた逆説に根ざすものというべきです。こうした学びの試行は積み重なってときには横断縦断を繰り広げ,そして洗煉し体系化するでしょう。もちろん,体系化の過程で取捨選択も行われ,大半のものは捨象されることになるかもしれない。しかし,それは体系の洗煉化のプロセスであって,無駄なものではない(うまそうなものだけのつまみ食いでは,ほんとうにおいしいものはわからないのです)。こうして,体系化された学問は,大いに我々の文明形成に貢献し,ヒトから「人」へと進化を遂げてきました。
 人は,こうした事実を経験則として黎明期から気づいていたのでしょうか。だから,どんな時代であっても,どんな人間であっても辛いよりも楽な方がいいに決まっていますが,そこをあえて辛い学びを積み重ねてきたのか。それとも,逆説性をもって外界の変化に適応するという生物本来の本能がそう突き動かしてきたのか。いずれにせよ,学びこそ,人が人たるゆえんである,というべきでしょう。

 このような意味で学びの意義を措定したとき,「受験で試したいのは何か。」という問いに一つの結論を導くことができます。それは,学びのプロセス,センスやヒラメキだとかではない,まさにそこまでの過程を一つ一つ積み重ねてきたかどうかを試したいのではないか。いわば,「学ぶ力」を試す。
 学びのプロセスを大事に積み重ねてきた者は,積み重ねてきた学びのフレームワークを通して今後も学びのプロセスを継続していきます。常に訪れる社会情勢の変化や,嗜好の変化などさまざまな変化に晒されるなかで,いかにビジネスを成功させるか,どのような政策を用いて社会厚生を改善するか,こうした崇高な目的に果敢にチャレンジする人は不断に学び続けています。何も勉強やビジネスに限ったことではない。農業,職人の方々に至るまで,誇りを持ち胸を張って生きている人々は普段の学びを,不断に継続している。学びを継続する人,こうした人材を輩出するために,人は学校を作り学ばせるのではないか。どうやって学ぶか,をまず学んで欲しいから。西欧諸国に比べ明らかに出遅れていた19世紀に,日本がいち早く先進国への仲間入りを果たしたその背景に,江戸時代から大事にしてきた寺子屋教育,素早い国民皆学への対応があったことを忘れてはならないでしょう。
 よく日本の受験制度は,欧米諸国と比較して,「入るのが難しく,出るのが簡単」,というような批判を受けますが,日本の受験制度が学びのプロセスを試験しているのならばそれはとくに問題ではないでしょう。欧米諸国は学業成績(内申点)の算出方法が日本と比べて明確に体系化されており,それによってプロセスの積み重ねを見ているだけで,日本では内申点の算出にいささか主観的要素(学校の先生の好き嫌いや試験問題のばらつきなど)が強く,学校によってまちまちだったりしますから,そんな不確定な情報に頼るより,広範囲で難しい入試を課してみるのは効果的な手段といえるでしょう。
 つまらなく思える内容で,量も膨大で辛い受験勉強ですが,一つ一つ真剣に対峙して乗り越えていくそのプロセスは,将来研究職に就こうが,ビジネスの世界に身を置こうが必ず糧になります。社会に出れば,常に不確実性に晒されます。生物の進化の過程と同様,その不確実性は往々にして残酷な変化をもたらします。仕事が出来るということは,その都度その都度の変化に敏感に適応することが出来るということです。理科に社会に,古文に数学に,分野も多岐にわたり,その都度脳のさまざまな部分をフル稼働させる学習のカリキュラムは秀逸だと,私は思うのです(さらに,蛇足かもしれませんが,高校で学ぶ科目は,現代文明の基礎に他ならないと,たとえつまみ食いだと批判を受けたとしてもそう思うのですが)。
 「受験勉強」に無駄はない。「受験勉強」としてステレオタイプ的に別物扱いすることがそもそも妥当ではなく,最高学府で学びを継続せんとする者を「学びのプロセス(受験勉強)」の結果により選抜することは当然の事理である。受験勉強はすなわち錬磨であると考えることはできないでしょうか。

以上,大変冗長な私見で恐縮ではありましたが,結語させたいと思います。受験勉強は,人間成長の確かな糧となる。
「やってみなはれ」(サントリー創業者 鳥井信治郎)

(あとがき)
もっとも,現在の受験システムには確かに,硬直性がある。泥臭さが抜けてなおのこと,金太郎飴的な受験戦術が確かに通用してしまうことがままある(むろん,金太郎飴的な受験戦術のみで難関大学の入試が乗り切れるほど,甘くないことは今も昔もかわっていません)。そして,語弊を恐れずにいえば,私たち塾講師の使命は,受験で合格するためにはどうすべきかを徹底して追及し,それを生徒達に伝えること。それが我々の存在価値の100%であり,他に何もない。しかし,しかしながら,私たちは,たくさんの生徒たちの努力の軌跡を見つめてきました。確かな学びの足音を,確かに,聞いてきました。結局はきれいごととの誹りは免れないと思いますが,私たちが塾講師を一生の仕事とした決意と受け止めていただき,叱咤激励をいただければと思います。

2018合格速報

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3月 092018
 

2018年度入試合格実績(全23名)

※当塾では,講習生のみ受講生等は不在です。

【国公立大学】合格者7名
東京医科歯科大(歯),筑波大(理工学群),首都大学東京(理学部,法学部,経済),
東京海洋大(海洋工),北海道大(経済)

【私立大学】
早稲田大学(商),上智大(総合グローバル),東京理科大(理工,経営),東京薬科大(薬),北里大(薬),昭和薬科大(薬),明治薬科大(薬),東京女子,日本(芸術,経済),東洋大,駒澤大,明治大(理工(化学,数理,建築)),法政大(理工),中央大(理工,金融,文),立命館大,明治学院大,工学院大(建築),東京都市大,玉川大,相模女子大

データ(3月9日現在)
現役生 18名
既卒生 5名
第1志望合格者数 16名(うち既卒4名)
進学先決定者数 18名(うち既卒5名)

【合格者のTweet 2018】(現在回収中)
筑波大(既卒)
無理なく自分のペースを一定に保つところから相談に応じてもらいました。授業はめちゃくちゃ分かりやすく,いろいろな悩みや相談事にも親身に乗って下さった先生たちのおかげで,浪人生活はストレスをあまり感じることなく,1年間楽しく勉強に向き合えました。高校受験でも,大学受験でも第1志望に合格することができ,本当に感謝しかありません。
東京医科歯科大(現役)
西荻塾のアットホームで和やかな雰囲気のおかげで大変だったときも落ち着いていれたと思います。長期休暇中に行われた合宿では勉強はもちろん,学年やクラスを問わず仲良くなれて仲間と楽しい塾生活を送れたと思います。先生との距離が近く,いつでも話ができる環境が良かったです。

2018年度 東京大学入試問題分析

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2月 282018
 

本年は,東大受験者は当塾にはいませんでしたが,東大入試の問題の分析を本年も行いました。

東大の入試問題はおそらく,私は日本で有数の良問揃いと考えています。西荻塾は,東大受験者に限らず,その良問を最大限に利用して各学年,様々な志望者のために改題して利用したりすることがあります(春期講習の高3現代文の授業では,東大現代文を題材に徹底して読解のイロハを講義予定です)。「難しい」とか「奇問」とかそうではなくて,全うに知性を努力で磨き上げた者が選ばれる試験としては最高の問題。今年も敬意と最大限の賛辞をもってして,分析講評をしたいと思います。

では,今年の本題です。

【文系数学】

「頻出の確率が出題されなかった。」ということが衝撃なのか?随所でそのような話を聞く。しかし,「確率が出題されなかった,だから何よ?そんな直前予想とかに期待するのか?」という・・・。

いや,全うに演習に取り組んできたか,それが素直に問われる4問セットだったのではないか。従って,全体として易化ともいいうるかもしれないが,いや,私は逆に差がつくとみた。「文系数学」と言われる西荻塾の講座では,担当者が大学在学中からストックした国公立型の良問1000題近くが用意されており,国公立志望者の上位層は,添削を通じて本気でそれと戦っていく。そのデータベース化したものと今年は類型的に一致を見たが,要はそのような学習経験を積んできた者はしっかりと点が取れるであろう(数学を教える身として非常に解いていて楽しかった。)

とはいえ,勘違いをしてはならないが,1000題近くを数ヶ月でこなせるものでは断じてなく,こつこつ自ら目標を見据え努力を積み重ねなければその領域には達せない。東大受験生よ,「努力は裏切らない」その言葉の重みをかみしめて備えよ。

各設問ごとに簡単なコメントをすれば,《設問1》は微分と領域の融合問題で,論理的には難しくないが,「図より」という言葉をきちんと使えないと,記述で苦労し,ほとんど部分点がつかず,大けがをする可能性がある。たまに,数式のみ,計算ぎっちりという答案を目にして辟易することがあるが,人に伝える手法として「図より,」「正確な図の運用」そのような答案作成能力が厳しく問われる問題である。

《設問2》の序盤の論理は,どちらかといえば確率と数列の融合問題で触れたことがある者もおおいと思う。しかし,後半の緻密な因数による分析は整数問題による特訓を積まないと答えは分かるが点にならない,ということもあるだろう。解答例等を利用していかに答案作成能力を鍛えるかは常に留意して学習されたい。

《設問3》もっとも素直な出題はこれ。これは是非完答したい一問であろう。増減の有無や,極値の存在という題意も素直で迷うことはあまりない。しかし,図示においては,導出した条件式を正確に図示しなければならず(境界線どうしが接するそのとき,を正確に把握しないと),ここも経験差がものをいう。

《設問4》ベクトルの問題ではあるが,ベクトルの解析的側面の強い問題。ベクトルの問題集では後半にお目見えする分野だ。媒介変数をうまく利用して座標平面への投影を行う作業が求められている。難関文系数学においては,座標平面とベクトルの「行き来」(理系においてはさらに複素数平面への行き来も含まれる)は臨機応変に行うスキルが要求されるが,ズバリそれが問われた。

【国語】

第二問 古文
昨年度より問題文の文章量は増えたものの,全体として平易な内容で,全体内容の把握に苦労することはない。出題箇所も大きく解釈に困るような部分はなく,また解答根拠も傍線部前後に明快に求める問いがほとんどのため,例年通り基本的な知識を正確に運用することが必須である。

(一)傍線部アは,基本的な敬語と,訳出語の助詞位置に注意できれば問題ない。傍線部イは「言葉」が何を指すの
か,傍線部直後から明確に捉える。傍線部エは「たより」の訳出に要注意。前後のやりとりに注目して定める。

(二)傍線部直前で決まる。解釈はたやすい。

(三)やはり傍線部直前の師直の発言で決まる。易しい指示語の問題。

(四)「つま」をどう訳出するのか。語彙として把握していれば問題ない。「唐衣…」を思い浮かべることができればさらによい。

(五)「ばかり」の語を見落とさず,直後の師直の様子の把握から解答できる。

全体として(一)エ以外は基本的な知識で充分対応できる。もちろん,その上で解答としてまとめあげる力が求められているので,出力する練習を十二分に積まなければ求められる得点にはならない。但し,余談となるが,このトレーニングは決して特別なものではなく,上位の私大を志望する者であれば避けては通れない。

第三問 漢文
問題文の文章量も増えた上に,古文とは打って変わって,問題文後半の読み取りと解答への出力はそれなりの実力が求められているように感じる。リード文を解釈の軸に据え,問いの解答の枠組みを予測するとよいだろう。

(一)傍線部aは読みで解決。傍線部bは前後の例示を踏まえ,「爵」の示す意味を読み取る。傍線部cは直前の文との対比を確認。何が「已む」のかそれで分かる。

(二)解釈に困る字はない。反語であることを踏まえて解答するのみ。

(三)今年度最も対応しにくい問いではないか。先に述べたとおり,リード文を踏まえ,直前の「先王之法」が何を示すかを判断し,「待」の意味を特定することになろう。

(四)傍線直前部の内容が把握しにくく迷うが,(三)同様にリード文の内容を念頭に,まずその状況において「患己之不勉」が示す意味をイメージする(特に,『人』でなく『己』とされている点がポイント)。ここで傍線部に立ち返り,「先之」をきちんと解釈に反映きれば,解答に持ち込むことはできる。主張は比較的シンプルであるという発想を持っておくとよいのではないか。

西荻塾のクラス授業の詳細(2018.1月現在)

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1月 242018
 

2018年1月における,西荻塾大学受験部の開講クラス状況です。
(各学年毎のクラス紹介も兼ねています。)
各クラスとも,担当講師による授業前の添削指導(課題の添削等),さらには,自学自習の指導,授業外小テストにより綿密に対応するため,5~8名を定員としています。8名を超える場合には,クラスを新しく設定します。

※個別指導については,基本的に個々の生徒さんのご要望にお応えするべく,柔軟な運営を行っていますが,現在,夜間(19時30分以降)の授業時間帯は,満席間近となっております。それ以外の時間帯は,余裕がありますが,詳しくはお問い合わせ下さい。

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2018年センター試験問題分析(随時受験生のコメント等も追記)

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1月 132018
 

一昨年度,昨年度,本年度に実際に受験したセンター高得点者の特徴や学習方法,科目選択(理科基礎,社会科)について,塾でデータを収集し,来年度の受験生のための指針を塾にてお知らせしています。
内部資料となりますので,WEBでの公開はいたしませんが,ご希望の方は,塾までお問い合わせください。
・理科基礎科目を1ヶ月以内で9割取るには(文系選択者用)
・数学IA・IIB高得点者の歩みからみる必要な演習量
・現代文高得点者からみる現代文の効果的な学習法(理系でも週1回の学習で8~9割が目指せる)→とはいえ,こればかりは授業を週1回だけ受けて欲しいに集約されてしまう?

【数学IA】(1月14日更新)
確率分野も含め,集合や論理の記号が多用されており,またデータの分析では公式そのものの数式計算の問題も出題された。きちんと原理原則からの理解が問われており,また,平年に比すると,やや計算量が増えたため,難易度としてはさほど変わらないものの,演習量の差が得点差になるような試験であり,良問といえよう。
(追記)センターを体験した高校2年生から,「データの分析」が困ったというコメントを多数寄せられたため,追記するが,序盤の箱ひげ図等の読み取りは平易である。中盤の陸上記録と体重,身長等の相関関係を読み解く問題は,選択肢の検討順序で勝敗を分ける。選択肢から,その選択肢の適否をどの図表を用いて行うか,という順序で手早く消去しなければ,どうしようもない。その意味では,事務処理能力が問われている。
※なお,体重÷(身長)^2(BMIの計算をしたことがある者なら知っているかも)というデータの変換がなされており,ぎょっとしたらしい。データの分析において,データ変換はよく行うが,その理論的背景までは問われることはない。素直に所与のものとしてつっこまないこと。そもそも高校数学で扱うデータの分析の分野については,そもそもが理論的背景の説明は抜きになっており,詳しくは大学で統計学を学ばなければわからない。公式等の使いこなしに重点を置き,演習してなれておけば十分である。
選択問題については,整数の問題はかなり素直である。2次試験のことを考えても,図形を選択するより,きちんと整数論を踏まえ,手堅くまとめた方がよいと思われる。
※本年度の得点状況からみても,手堅くまとめた者は,演習量を十分に確保していました。

【数学IIB】(1月14日更新)
弧度法の定義を聞かれた。過去には微分の定義を聞いたこともあり,こちらも原理原則の理解は必須である。全体的に,2年前に比すれば,出題の趣旨に疑問の残る出題はなく,穏当といえる。そもそも分野として十分な計算力抜きに実力を涵養することはできないのが数学IIBであるから,十分な演習を積んだ者が報われる出題である。IIBの教科書内容が終わった段階から積極的に自ら演習を始めておけば,直前に慌てることもなかろう。
※ラジアンに驚いた者も多かったと聞く。微積分の設問は,文字が多いが,そんなことに圧倒されてはならない。今年度も,手堅くまとめた者は演習量をやはり十分に確保していました。
※毎回思うが,第5問がいつものとおり穏当で,余裕があれば,と思いつつ,そこまでの余裕がある者はそもそも数列・ベクトルでも勝負ができるな,と逡巡している。

【国語:現代文】(1月13日更新)
デザイン論というべきかは甚だ微妙であるが,ネタとしては,面白く,読みやすい評論(【第1問】)。やや長いが,長いからどうこうというわけでもない。寧ろ抽象度が高く,分量は短くとも厳しい出題が続いた過去と比すれば,これがビハインドになることもない。
新テストでは,資料や図面が与えられる出題が見込まれる(試行テスト参照)が,今年はセンター試験において,初めて図が与えられ,それに関する出題があった。とはいえ,別段の対策は不要であり,臆する必要はない。当該設問について要するに,本問の図は,例えばグラフ等のように,図自体に特段の意味があるわけでもなく,本文中の具体例の一部に過ぎない。具体例から抽象論を推論(なお,最後の設問で本文構成を聞いているが,ズバリである)することがままある現代文,そしてセンターでは,度々と具体例に関する出題が問3でなされてきていることからすれば,通常の思考で事足りる。「戸惑った受験生も多いことだろう」,というコメントが多数あるが,このくらいで動じることはない。物議を「一部」で醸した地理のムーミンの足下にも及ばない(ような気がする。ムーミン問題も,出題の適否はさておき,目くじらたてるような出題でもないと・・・)。全体的には,小問単位での形式の違いこそあれ,ここ数年はことさらな難読文や時間的に無理のある設定はなく,素直な出題になってきている。
特に小説は本年は時間的にも短縮が可能で,80分の中では比較的時間を要せず仕上げることができる。本年レベルで時間が足りないというのは,そもそもそもそも活字に読み慣れていないか,演習量不足ということになるだろう。
※本年度は,満点を取った者もおり,理系でも8割以上を手堅く取っています。

【国語:古文】(1月15日更新)
 問題文は久々に歌論が扱われた。本文自体は極めて読みやすく,解釈に苦しむところはほとんどない。出題形式に大きな変化はなし。例年通り,問3以降は本文内容を問う問題。今年は「情」と「欲」の関係を的確に読み取り,解答の選択肢をしっかり吟味する必要があり,この点に時間をかけることになったと思われる。
設問については表層的な理解だけでは正答にたどり着くことはできないが,基本的な知識を持っていれば充分に対処できる。2015年以降はこの傾向が続いており,このレベルの問いであれば20分程度で片付けておきたい。
古文は,文法や単語レベルで必須とされる知識は高目と比べて少ないものの,解答を特定するために「あった方がよい」知識は幅広く,現代語の語彙,本文が書かれた時代の基本的な背景知識,過去に読んだことのあるストーリーのプロット,などが身につくと得点力がさらに安定してくる。これらの「外側」の知識は短期間の詰め込みで身につくものではなく,短時間であっても継続的な学習が不可欠。多くの受験生にとってできるだけ時間をかけたくない科目となりやすいだけに,効率的に学習のステップを踏むことが力を伸ばすコツといえる(それは古文に限ったことではないが)。
※本年度も満点得点者,理系でも8~9割をとれています。

【国語:漢文】(1月15日更新)
 本文は君主と臣との関係を述べるもので,漢文の問題演習をこなしていれば,論旨は目新しいものではなく,展開も飛躍を感じる部分がないので,全体として内容把握はしやすい。
設問については問3までは標準的な知識で対応できる。問4以降は正確な解釈を求めており,選択肢に含まれる文言をしっかり吟味しなければ誤答をつかまされることになる。大枠の把握だけでなく,漢文特有の表現の仕方を踏まえた上で,正確な読解をする習慣を身につけておきたい。
漢文も,古文同様に必須とされる知識はそれほど多くないが,読解においては現代語で使われる漢字の知識が大きく役立つ。従って句型などを身につけても,漢字の知識が乏しい場合は得点を伸ばすのに苦戦する。日頃から現代文で必要とされる漢字を着実に身につけつつ,定期的に漢文問題の読解の中で活かしていく訓練が不可欠である。

【英語筆記】(1月15日更新)
 出題形式が1つ減ったが,それ以外は前年と比べて大きな変化はない。出題内容についても全体を通して2,3問程度がやや難しいと思われる程度で,問われる知識のレベルは標準的。大問5の読解がやや難しい印象があるが,この程度のひねりはいなせる余裕がほしいところ。
内容を正確に把握することへの要求が,従来知識のみで対応できた問いでも見られるようになり,単なる知識問題はさらに減少したように感じる。ただし,読解に必要とされる知識は標準的なレベルで,その知識の運用ができていれば,解釈に迷う部分はほぼない。また解答の選択肢も紛らわしい点がない。普段のトレーニングの成果が得点に素直に現れる試験だったと思われる。
※本年度最高点 190点以上,8割以上を手堅く取っている者が多かったです。

入塾までの流れについて

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11月 212017
 

西荻塾にご入塾を希望される場合は,事前面談及び体験授業を実施させていただき,その内容にご納得いただいてからのお手続きとなります。
詳しい体験授業やご入塾の流れにつきましては,掲載資料(PDF)をご覧ください。

ご入塾までのフロー(PDF)

事前面談及び体験授業は一切費用はかかりません。
※事前に入塾テスト及び解説授業を行うこともあります。

【入塾審査の実施について】
■ 高校2年3学期以降,高3生,高卒生のクラス授業希望者については,入塾審査を行います。
 入塾前面談及び体験授業と同時に実施し,クラス(レベル別編成)編入の可否を判断するものです。丁寧に面談と体験授業を実施し,生徒本人の学習状況,意欲等を総合判断して審査を行います。
 ※これまでの入塾審査の内容について明文化したものです。
 あくまで西荻塾は,生徒本人の意欲を重視するため,成績や在学校による選別を行うことはありません。どなたでも入塾可能です。しかし,目標に対して,学習に真剣に向き合う意欲のレベルについては(とりわけ高3,高卒生については十分なもの),入塾可否審査の最重要ポイントとして位置づけています。このような意欲に欠ける場合には,クラスに編入しても,そのキャッチアップのための追加課題や授業の予習・復習が不十分になることが多く,塾で授業を受けてもあまり効果がありません。
 もちろん,塾の授業のみでご希望の大学に入学できるほど大学受験は甘くありません。「塾の授業すら」満足にこなせないのであれば,少なくとも,自分が行きたいと思う大学のための受験は難しいと思います。西荻塾は,難関大学に限った受験塾ではありませんが,そのような覚悟のない方をお引き受けしても,効果が約束できない以上授業料をいただくことは背理であると考えますので,その場合にはご入塾をお断りいたします。
 ある程度の受験勉強のための生活指導は行いますが,第一義的にはご本人が自分を律していかなければ,効果はやはり出ません。
 また,予習の程度が甘かったり,指示を出しても自学自習ができていないなどが複数回見られる場合には,通塾中であっても,授業料等を返還の上,ご退塾いただくこともございます(毎年数名のケースがあります)。

 どこまでも,ひたむきに,努力を重ねて目標を達せんとする者には,どこまでも正攻法で育て上げます。
 どうぞ,ご理解の上,よろしくお願いいたします。

天高く,馬肥ゆる秋(復習の重要性について)

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10月 062017
 

一雨ごとに季節の急激な移り変わりを実感するとともに,半袖で出講する伊藤講師を見ながら,どこまでこのお方はストイックなのかと苦笑する日々です。私の一つの趣味である馬を見ることも,いよいよ東京開催が間近となり,わくわくしているところです。

表題に関係する内容はここまでで,さて,9月上旬に西荻塾オープンテストを行い,採点直後のほかほかのデータとともに,生徒個人面談および保護者様を対象とした面談を実施いたしました。

よく考えたら,生徒個人面談は当然といえば当然,しかし,大学受験生の塾で保護者面談というものをやるのか,というご意見を(苦笑した生徒から)賜りました。確かに,我々もかつて塾に通っていたころの経験を踏まえると「そんなものはなかった」ように思えて,なかなかこのシステムは生徒さんからすると「ご迷惑」なのではないかとも・・・。

その「ご迷惑」のほどはさておき,ほぼすべての保護者様にご足労いただき,大変有意義な時間を過ごさせていただいたことをまずはお礼申し上げた上で,今回のオープンテストを踏まえた所感について,復習についての気づきを述べておきたいと思います。

【出題の趣旨】
実施科目は,英数国(3科目)。対象は,高1及び高2生(一部中高一貫校含む)で実施しました。
模擬試験とは少々異なり,計算力や基本知識等に加え,現場思考力を測る問題を中心として出題しております。また,時間制限も模擬試験等よりは短めで設定し,「復習」の有無についてもわかるようにして出題をしました。

【結果を踏まえて生徒コメント:ベストヒット4】
「時間があればもっと解けたのに」
「計算ミスをしなければ解けたのに」
「思い出す時間があれば解けたのに」
「一度やった記憶があったのに,解けなかった」

なかなか日頃スルーしてしまっていた抽象的な危機感が,具体的な危険となって現実化したようです。よくある試験タラレバを含め,復習の必要性と日頃新しい知識の「インプット重視」の偏りが,見事に反映された模様です。

この点について,塾内通信でも述べさせていただいたことを再掲しておきます。

 結果を見ますと,日頃復習をしているか否かで大きく結果が分かれています。復習とは,別に何時間もかけてやる必要はありません。学校の50分の授業で扱える内容は問題集にしても数問程度。塾で扱う内容もテーマを決めて効率よく授業をしておりますので,それほど1回当たりの量は膨大にはなっていません。しかるに,その内容を一度,見直すだけでもいい,ほんの数分ですむこともあるかもしれません。
 興味のないことに対する(=勉強?)人間の忘却曲線は,3日を経ると急速にゼロに収縮するとも言われます。授業で解説を受けて,「あ,そうか」という気づきは誰しもあるはずです。せっかくのその貴重な体験を,上述のとおり,1日の量にしてみれば,それほどでもないものを,そのまま忘却曲線に乗せ,2週間,1ヶ月…と積み重ねてしまえば,いわゆる「試験前2週間」に地獄となることは味わったことがある人も多いと思います。それが大学受験という舞台ではどうなるでしょうか。想像してみてください。
 人間ですから忘れることは悪いことではない。しかし,ゼロに近いところから始めるよりは,1度,2度繰り返したもののほうが,やり直すにしても格段に楽なはず。人間の頭は,そういう神経経路になっています。1本の神経が,繰り返しを経ることで,2本,3本と,しかも相互ネットワーク化していきます。ネットワークさえできれば,1本切れてもどこかで修復できる(これを脳の可塑性と呼びます)。高3になってイバラの道を選びたい人以外は,現時点で「ネットワーク」で乗り切るための復習の重要性を認識すべき時が,来ているように思われます。
 復習の仕方,わからなければどうぞ聞いてください。復習こそ,君たちの未来を左右すると言い切ります。切にお願いするところです。(塾内通信10月号)

試験採点直後で,筆の勢いもあったと思いますが,寝かせて熟成させても,その思いは変わりません。試験は,アウトプット。正確な計算力や知識に基づく,制限時間内でのアウトプットです。アウトプットの最大の糧は復習にあります。ここがチャンス,塾の使命は効率の良いインプットはもちろんのことですが,是非復習のノウハウを徹底して学んでもらいたいと思います。

文責 赤星

タラレバ受験生にならぬよう(夏の応援文)

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7月 212017
 

毎年,夏を迎えて思うに,「夏を征する者は受験を征する」という命題があまりにも様々な塾・予備校で幾度と唱えられることで,いささか陳腐なものとなって受験生たちに響かなくなっているのではないかということです。

常にこの命題が真であるということはできませんが,仮説としては有意です。受験で栄冠を勝ち取ったものは,ほぼ全員が,「夏休みに志望校が射程に入った」からこそ秋冬が充実し,合格につながったと口をそろえていいます。よほどの特殊な事情や才能があるのなら格別,普通は夏をどう過ごすか,一大行事であるというのが世の常でしょう。

さて,先輩たちは,夏休みをどのように征してきたのでしょう。
単に「征する」といっても,どう征したのか?何をもって征したというのか?その中身が問題です。

  • 夏期講習を忙しいくらいに受講して,とりあえずそれをこなし,充実したような気になって夏を「征した」。
  • 自習室に毎日通ったから,「夏を征した」。

どうも,割とこんな人がたくさんいるように思います。前者は,いちばんまずいパターンですが,後者のパターンも,私が受験生のときからたくさん見てきました。武勇伝のように,毎日の自習室がよいを語るのです。

西荻塾でも,自習室は無休で運用しており,朝から晩まで張り付いてもらって構いません。しかし,問題なのは,夏期講習を受講して,自習室に通って,きみは何を得たのか,です。

合格した先輩たちは,
「夏休みに,たくさん夏期講習を受講したから合格した」
「夏休みに,自習室に毎日通ったから合格した」
それどころか,
「夏休みに,志望校に合格できるレベルに到達したから合格した」
誰もそんなことは言わない。

そうではなくて,
「『夏休みに志望校が射程に入った』からこそ秋冬が充実し,合格につながった」
といいます。

ちゃんと夏休み→秋冬→受験本番という流れができているんですね。「夏を征する者は・・」と聞くと,秋冬はあたかもないかのように見えますが,そんなはずはありません。

端的に言えば,夏休みに,秋冬にもっとも効果的に志望校に向かうための準備をする,ということが「志望校を射程に入れる」ということであり,それこそ夏休みにしかできない。

秋冬はいよいよ臨戦態勢となりますが,そこで,「ああ,今からやっぱこの問題集に変えようかな」「さて,今から地理を詰め込む」「夏にやらなかったセンターの古典を詰め込む」とか言っている人,申し訳ないけれど,経験則上,厳しいです。

秋冬はもっとも受験に近い時期。とすれば,勝つためにやれることを集中してやる,深く深く志望校対策を掘り下げていくべきであるのに,掘り下げるどころかスコップを選んでいる段階では,掘り下げる前に受験は終わってしまうでしょう。

君たちは,きっと夏休みの直前まで,いろいろ試行錯誤して受験勉強をしてきたはずです。受験勉強だけではなく,学校のイベントにも熱を入れ,高校生としての生活も過ごしてきました。

いま,学校が長期休みになる夏休み,君たちは,その混沌とした身の回りを一度整理しなければなりません。無駄な勉強などないのが真理ではありますが,志望校対策としてはちょっと遠回りなことはある。もっと効果的な方法がある。
そのために,「まだ範囲が全部終わっていない科目がある」,「自分のノートがばらばらになっていてどこが入試で役に立つか混沌としている」,「最後までともに歩む問題集が定まらない」,「志望校がまだはっきりしない」・・・・そんな混沌な状況を整理してください。そして,秋冬,確かな足どりで志望校へ向けて着々と歩む自分をイメージしてください。

9月には,「私の志望校は●●です。科目は,××と●○で,それぞれ,・・・のように対策をし,最終的に@@というように点をとって合格する予定です」と1分で述べられる受験生になってください。それができれば,志望校は射程に入ったといえるでしょう。

仮に,まだ未完・未習の部分(分野)があるのであれば,夏のうちに一通り触れなければアウトです。3日間,めいっぱい詰め込んでもかまわない。まとまった時間がとれるのはもう,夏だけです。

夏期講習は,そのリズムの一つ。また,西荻塾で過ごしてもらう自習室での時間も,その中にうまく組み込んでいただきたいと思います。

東京タラレバ娘という毎号楽しみにしていた漫画がついに完結しました。内容はさておき,

「●●たら,××だったのに」

「××であれば,●●だったなあ」

というタラレバな夏にならないよう,この夏があった「から」こそという充実した夏を。

我が友よ五月はあまり夢多く(5月の受験エピソード)

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5月 172017
 

「我が友よ五月はあまり夢多く成らずといふか長崎の曲」吉井勇

執筆担当 赤星

 これは,1900年初頭に,大正から昭和にかけて活躍した歌人,吉井勇が詠んだ歌です。明治書院による解説によれば,若い芸術家達の青春が花開いたいきいきと今に伝わる作品群の一首,とされます。(長崎の歌とは何か不詳のようですが,「長崎は今日も雨だった」でないのは間違いない。しかし,なにか心地よさを感じさせる歌だったのでしょう。長崎の五島出身の講師が喜びそうです。)

ゴールデンウィークも終わり,中間学年にあっては中間試験前,受験学年にとっては,部活の総決算の子もいて,実に活気に満ちた教室内となっています。ついこないだまで中3の教室で高校受験に向けてがんばっていた生徒達も,すっかり高校生らしくなって,高校初の中間試験に向けて授業日以外でも自習室で受験生達に交じって勉強にいそしむ姿が見えるようになりました。引退を間近に,目一杯部活をやったあと,午後8時に自習室にやってきて,パンを頬張りながら閉館まで勉強をして帰る高3の生徒もいて,胸が打たれる思いもあります。

各学年ともに,皆が活気に満ちた季節を存分に充実させていることが素直にうれしく,また,それに比例して,我々スタッフも活気づいて例年になく,といったら語弊はありますが,大変雰囲気がよい。手前味噌といっては失礼なほどに,講師陣,生徒達が輝いていて,嗚呼西荻塾よ,と目を細め・・・る間もなく,授業に出ずっぱりの毎日を過ごしております。

失礼を承知の上で,「五月はあまり夢多く」とはあまりによく詠んだものです。

受験学年は,模試も始まりました。志望校を夢をいうのは違うけれども,志望校の先に生徒達の夢が確かにあるはずで,いま,生徒達がおのおのの志望校を見据え,友達とともに目の前の課題を一つ一つ乗り越えていく,そりゃまさに夢多き日々に他ならないのではないかと。

ところで,当塾の講師陣と談笑していると,ついつい受験談義になることが多く,受験生時代を振り返ってみてもらうわけですが,彼らはこの5月をどうすごしていたのでしょうか。受験生の先輩の貴重な意見,聞かないわけにはいかないですよね。和歌にアレンジしてもいいのですが,授業5つのあとは,ちょっといつ寝落ちするかわからないので,普通に要約解釈コメントします。

「3日間で,終わらせると決めて,1対1をとにかく解きあげた。」

1対1とは,「大学への数学 1対1の対応演習」です。理系で,数3に追われて,なかなかこの時期手薄になりがちな,数学IIBまでの分野について,模試を受けて大いに危機感をもって,やり遂げたそうです。なるほど,鉄の決意とそれをやり遂げる姿勢ですね。なかなか完遂できるものではないと思います。荒療治ともいえる側面はありますが,5月ならではの治療ではないかと。受験生に5月病というものはありません。一心不乱に解いて,腑に落ちさせて,解いていく。こういう強さを是非生徒の皆さんも持ち合わせてほしい。

「ずっと,世界史の講義音声を聞いて移動していた。」

日本史・世界史の(私の経験上)最強コンビで受験をした人です。いや,地理が,というつもりはないですが,それをさておいても結構この2科目を極めるのは時間がかかります。高3ともなれば,近現代の架橋の時期,模試でやはり古代から中世の甘さを痛感してのことだそうで。継続は力なりとはいいますが,ほんとに,一歩一歩目標に向けて地道に努力を重ねた軌跡に,ただ頷くしかありません。

「歩きながらでも,勉強はできる」

秀逸奇抜なちょっとかわいい化学の小テストを作ることで有名な先生。普段の物言いは極めて温厚なのですが,徹底して全科目に渡り,努力を積み重ねてきた経験は,妥協をさせないときに見せる厳しさに確かな指導力を・・・おっと講師紹介ではないわけですが,皆が同意します。浪人が決まって,予備校のない田舎で,自分で勉強をしたこの先生の努力は,ちょっと涙ぐましい。私も,受験生時代を振り返れば,確かに,ときに麻雀(お金をかけない「健康マージャン」ってお店です)やカラオケで友達と遊ぶこともありましたが,自慢でもなんでもなく,やるときはやる。トイレにたくさん世界史の文化史の切り抜きや,長文でひっかかった単語を張りまくっていました。乗っかって,「トイレでも,勉強はできます。」蛍の光窓の雪。わずかな時間でも,隙なく妥協なく。夜,寮生だった私は,懐中電灯使って勉強したことがあります(嘘ではありません)。歩きながら事故にあうこともあるので,その先生や私のように田舎生まれであればさておき,杉並区では,世界史の講義音声を聞くなどの手法をおすすめしておきます。

「(無機化学)沈殿物から声がする。」

サンドウィッチマンの「なにいってんのかわかんないです」バリに,周りにいた化学経験者が全員吹き出してしまいました。この発言の文脈は,無機化学の暗記は一山あるという談義のなかで発せられました。当塾の無機化学の女神の発言ですが,私も化学の世界はあまり口多く話すほどやったことはないのですが,無機化学の暗記には,皆さん四苦八苦しています。そこで,この先生曰く,「いや,ここで沈殿したいの・・・って声が聞こえる」その言葉の背後にあるのは,闇雲な暗記ではなく,正確な理解を築き上げてできあがった体系でしょう。理解を伴わせた暗記ほど強いものはない。もはや暗記ではない。この季節にきっちりと積み上げた成果であろうと思います。七大選帝侯,化政文化,古代ギリシア文化・・・理解?苦労しましたね。

「俺は英語ができない。」(真摯なため息をつきながら)

浪人で迎えた5月。マーク模試が終わってからのこと。一緒の塾で浪人していた高校時代の友達に,そうとう怒られたそうです。5月のマーク模試のセンターの英語の点数は,192/200。友達と自己採点をして,自己採点結果を見て,そう心の声が出たそうです。誰が聞いてもイヤミですが,彼の心の声は,実は,4月,5月に,徹底した現役時代の敗因分析から,二次試験の英語にその原因があることを痛感していたところからあるそうです。自分の敵は,最後の勝負を決する二次試験にある。二次試験の英語が本当にできなくて,心から苦しんでいたそうです。ですから,心の声が漏れた,というところでしょうか。このエピソード,あまり人に語りたくなかったようですが,私は,徹底した自己分析から生まれた真摯なものと考えます。そこから志望校の英語を10年分全部解きあげて,英文法書を一冊短期間で読み上げたそうです。周りに流されないで,確固たる自己分析に基づいて客観視して,努力する厳しさを経験してほしいと思います。たしかに,センター試験の英語は,受験英語の手前にある,きちんと努力をしてとれるようにならなければならないと,私は思います。

「センターの数学は,考えたら負けです」

数学と物理の自信はすごい。しかし,彼が塾に持ってきてくれたチャート式(黄色です)は,手垢にまみれ,ぼろぼろでした。何回繰り返したかわからないそうです。センター試験の数学は,時間不足とは努力不足であると言い切る彼ですが,彼が後生大事にしているチャート式を見ると,その言葉がぐっと重みを持ちます。この4,5月にそうやって過ごしてきたからこそ,そして,考えたら負けというそれこそ常人離れしたようなコメントですが,そうやって力をつけてきたんだと思います。何も背伸びする必要もなければ,特殊なテクニックに頼る必要もない。絶対に君たちの机の上に,そういうツールがあるはずです。真摯にパートナーシップを結んでほしいと思います。

「いや,東京に行く。」

「そがんしてまで東京に行かんでよかろ?」と母親に言われたときに,返した言葉だそうです。いつの時代の話かと杉並区近辺の方はお思いでしょう。生徒達には実感がないですよね。地方と東京というのは区別ではなく,差別だ,とかいう論調もありますが,そんなことどうでもいいです。でも,本当に,地方に行けばその差はよくわかる。方言からもわかると思いますが,彼の出身地から東京に出て行くというのはちょっと普通じゃなかった(彼の出身町からだと,県知事と国会議員と父の友人くらいじゃないか?)。そういうところ,たくさんまだあるのです。中学校のとき,家が近くて毎日一緒に登下校し,寄り道してラーメンを間食し,将棋をしては,毎日負ける親友がいたそうです(マージャンでは負けなかったそうです)。その友達は,優等生でスポーツもできる。しかし,とにかくウマはあっていたそうで仲良くしていました。一度たりとも成績で勝ったことはなかったそうですし,彼は勉強より釣りとパソコンにいそしんでいたそうです。

そんな中で,友達は,高校受験で県立トップ校に合格,彼は,不合格。高校時代は別となったわけです。そんなとき,友達はいつになく真剣な顔で彼にこう語りかけました。「高校のとき頑張れば人生変わるけん,また3年たったら会おう」中学生が大学のことなんかわかるわけもないし,当時は実感もてなかったそうですが,実は,その友達の勧めで受けた県外の私立校に補欠でなんとか滑り込んで,強烈な寮生活がはじまります。やらされないと,しない彼は,超厳しい環境の中で,やらされることになったのです。少し,大学というものが見えてきた。「ふーん,俺も先輩達みたいに東京行ってみっかねえ」。3年間,なかなか帰宅できず,その友達と会うことはなかったそうですし,当時は携帯もラインも普及していません。そんな中で,高2の中だるみを満喫したため,彼はめでたく浪人相成りました。そして,5月。彼は偶然友達と変わった再会を果たすのです。模試で,自信を持っていた数学の上位者リストの上から3番目に,友達の名前。偏差値92。驚くと同時に,完膚なきまで負けましたし,何より,こういう形で再会するとは。「おー,あいつも浪人したとか。同じこと考えとる(笑)(笑)」第一声はそうだったそうですが,ふと思い出した別れ際の言葉。もちろん,モチベーションは,それだけじゃないですが,上記の先生方に負けないくらいは努力をしたそうです。

1年後の5月,大学のキャンパスで,サークルのミニコミ誌を街販(あおりの文句で正門前で売る作業)していたとき,「よう,赤星!なんばしよっとや!?(何してるんだ)」懐かしかったですね。昔から,いつも,かけ声はそうでした。

最後くらい,エピソードは執筆者のことでもいいでしょう。美談ですか?美談です。でもね,形も環境も違えども,こうやっていられた友達の存在は大きいと思います。塾で見つかるでしょうか。

ほかにも,たくさんのエピソードを講師のみなさんから大募集しています。書いていてなんですが,「若い受験生達の青春が花開いたいきいきと今に伝わる」夢多き五月であります。次は,夏前を振り返ってみましょうか。