1月 312016
 

「西荻塾高校部の原点」

 2015年の入試を終えて,(毎年のことながら)その日のドラマを目の当たりしながら,思いを噛みしめたことについて,書き留めておきたいと思います。これから、延々と西荻塾高校部の授業のあり方についての独白が始まりますが、「具体的にどんな授業をしてるのか?」については、別添えにパンフレットを作成しましたので、(こちら、西荻塾高校部総合案内パンフレット)をご覧いただく方がより直接そのニーズにお応えできると思います。
 どちらかというと、この記事は、具体的な方法論を述べるというよりは、西荻塾高校部を一生懸命やるにあたって、どういう気持ちでやっているのか、ということを割と思いのたけのまま述べた文章になります。

 西荻塾の原点は,もともと,某所で開校されていました,高校受験と補習のための個人塾にあります。弱輩大学3年生のときに非常勤講師として受け持たせていただいた,中学校3年生たちを高校受験で送り出す際,こんなに可能性のある連中を,高校受験後そのまま大学受験まで教えきってみたい,ということを当該塾のオーナーに受け入れてもらって,大学受験部として開講したところに遡ります。まずは,当塾の原点とその考え方について,長くなりますが,当時を思い出して,あまり他言はこれまでしてこなかったエピソードを記してみたいと思います(登場する各関係者には許諾済みです)。

 その塾には,当時,もちろん一切の大学受験資料はなく,教材もイチから揃えるところからスタートしました。授業も毎日が手探りで,当時の塾生たちには大変申し訳ないところではありますが,教材こそ授業の10分前にようやく作り上げた誤字脱字だらけの教材を使って,それこそときには「ごまかし」のようなことをしゃべったことも多々ありました。
 しかし,私もそのときにようやく学部4年生。大学院への進学を考えていましたので,日々研究・足りない単位の補充という毎日のなかで,手探りの授業を行っていました。いま振り返れば,それこそ上記の通り,有償で提供するにはあまりに拙い講師業だったと思いますが,私も,当時の高校生と年齢にして4つか5つしか変わらない。そういう距離感の近さ故もあってか,高校生たちとは,教える,教えられるといういわゆる講師と塾生の関係というよりは,それこそ「兄弟弟子」のような関係だったように思います。
 授業時間こそ,90分とか120分とかありますので,こちらも精一杯講義を試みるわけですが,毎回のように納得いく授業ができなくて,緊張と汗だくになっていました。その取り繕いといわれても仕方はないのですが,満足してもらえる授業を提供できなかった分だけ,授業以外の時間帯で,それこそ「先輩」として,自分が受験生であった実体験に基づく記憶をもとに,「後輩」指導(日常学習・自習の仕方)や,ときには彼らが吐露する不安についての相談にのっていたことを記憶しています。
 なかでも,今でこそ酒飲み友達となった男子塾生とは,毎日,15時間くらいともに塾のスペースを使わせてもらい,拙い授業に後輩指導,机を並べて受験勉強,という時間を過ごさせてもらいました。
 彼は,当時高校3年生で,「日本史」の授業を担当することになったのが出会いなわけですが,私は,受験生当時,「世界史」を得意としており,「日本史」ももちろん受験科目でしたが,世界史にはとうに及ばず,のレベル。ましてや学部時代にすっかり忘れきっており,そんななかで,満足な日本史の語りができるはずもない。従って,「授業外」の後輩指導がメインとなるわけです。スポーツマンなのですが,意外に小心者でもあった(バラしてごめんなさい)ので,たびたびそいつを励ますのが日課でした。知識は伝授できない,しかし,方法論だけはなんとか伝えようとあがく。幸い,そいつは非常に素直な性格で,あーしろ,こうしろばかりの私のいうことを,どんどんこなしていく。かくして,ひどい塾講師と勤勉な高3生たちとに,がっちりとした絆ができました。
 それからは,自習に集中する時間は,絶対にお互い邪魔をしない。きちんと時間を守って朝からそれぞれ自習室に入り,私は院試に向けて,そいつは受験問題集を開く。もちろん,授業があり,自習の相談にも乗る。夏を過ぎてからは,そういう15時間の毎日でした。もちろん,上司の先生と彼のご両親の理解あってのことではあるのですが,15時間という時間の中には,三食も当然含まれますので,いつも「あみだくじ」で安い食堂をいくつも候補に挙げては,そこで飯を食い,相談に乗り,バカな話をしたのを良く覚えています。
 私は,秋の真ん中くらいで,なんとか大学院の内定をもらい,一足先に受験勉強から抜けたわけですが,今度は大学院進学後を見こして専門知識を身につけなければならない。指導教官から毎日のように読んでおくべき論文を指示され、研究計画と卒論に励むように叱咤激励がくる。やはり,15時間くらいそいつと過ごす日々は変わりません。
 そうこうするうち,受験期を迎えました。ひどい手探り授業は相変わらずなのに,彼はめざましい勢いで成績を上げていきました。最終的には,彼は首尾良く第一志望の学校に「授業料免除扱い」で合格したのですが,そのときのあいつの顔,そりゃ「イケメン」でした。

 ついつい思い出話が酒のつまみになりそうなのですが,おそらくは,この時間が私の塾指導法,の原点です。うざったい,と思う人もあるかもしれませんが,とにかく,塾生と「受験」について,中途半端ではなく,きちんとした師弟関係を築きたい。こちらを,信頼してほしいし,こちらも,気持ちに応えたい。塾生の成績が上がれば,そして合格すれば,我がことのように喜びたいし,塾生が落ち込めば,こちらも凹む。あいつとは,そういう時間を過ごさせてもらってきたし,その兄弟たちの授業も担当することになったのですが,そうやって接してきました。そして,塾生から信頼してもらうためには,授業を磨かなくてはならない,これをプロ意識と呼んでいいのであれば,プロ意識を持つことを覚えました。

 思えば,今の西荻で小中高を対象とする塾を立ち上げて7回目の総括となりますが,「西荻塾」となっても変わらないことがある。高校部のみならず,全体を通じて西荻塾がめざすもの。

  教え子たちとの信頼関係は,とにかく大切にしたい。
  スタッフと塾生みなが一同に,一体感を失わない場所にしたい。

 すべてを美談的に語ったところで,つまらない話ですし,第三者からすれば,「ああ,そうですか」というレベルなのかもしれません。しかし,私たちの塾は,すべての生徒たちとの強い絆を確かに感じています。
 小中高すべての学年を通して,「この塾でなければ」。最高のタラレバ文句。いかにも,広告宣伝のうたい文句のような言葉ですが,実際に,面談や,卒塾のたび,このタラレバ文句を塾にいただけたこと,これは今年も塾生たちとしっかりとした絆を築くことができたという証左であろうと考えています。
我々は,第三者からなんと言われようと,これが西荻塾の誇りとするところであって,熱くなる胸はしっかりと張るべきであると自負しています。

 さて,本年度入試は,改めて私たちの原点を再認識したし,何らかの形で文字に起こしておこうと思った,そういう「そのとき」だったと思います。
ありがたいことに塾生数が増えてきて,反面ちょっと寂しいのですが,なかなか私たちが全員の生徒の授業を担当できる状況ではありませんし,この記事を書く私は化学とか物理はもうちょっと分からないです。得意だった世界史も全部忘れました。

 今年は,塾内組織の再編もあって,特に授業に携わる時間も減りました。
 ある程度,塾内をきちんとした組織にし,「安定し,円滑な塾業務が行えるように」といういわゆる経営判断的な部分はあって,授業以外でばたばたしている時間も2乗に比例して増えてきました。

 もちろん,信頼の置ける,そして私なんかよりももっと良い授業と指導ができる講師がたくさん育ったのも今年。そこで,私は,授業を減らすというオプションを選択しました。

 しかし,今年,思い切って授業数を減らしてみて,けっこう寂しい。ものすごく寂しい。

 どこまでも,授業屋なんですよね。おせっかいかもしれないけれど,やはり生徒と接する時間を欲している。

 じゃあ,なんとか授業時間外で,きちんと塾生の顔を見てあげることはできないか。
 そこで,1月に入ってからは,ともすれば夜型の塾講師が多いところ,無理矢理朝方に変え(途中で体調崩すハプニングつきで)受験生たちと接する時間を長く取りながら仕事をこなすことにしました。13時頃に出勤して,「やあ,皆の衆,がんばってるね」といわんばかりに挨拶して,かかえている授業以外の業務に没頭して,24時に退勤するスタイルを,朝の8時30分からに改めることにしました。
 朝から受験生を自習室で迎え,授業はせず,コンプライアンス関係の仕事や渉外をやりながらも,しかし,ときおり塾生たちのもとへいき,随時相談に乗る。午後は,みなみなが授業に出席してしまうので,授業のない朝に,「授業を持たない」担当講師に専念することにしました。

 授業外の時間で,全員に挨拶をして,休息時間に一緒に話して,ときに,表情の硬い子をほぐす。ときにみんなでギャグを言って笑って。生まれつきのドジで,ときどき本棚にぶつかって結構痛がって,こけそうになって「不吉」だと非難を浴びて,「かわりに俺がこけている」と切り返して。そして,それぞれが本気で集中して。

 そういう毎日を過ごすようになって,入試本番を迎えました。直前に不安を共有し,直後にともに喜び,逆に,思いっきり一緒に凹む,という時間を共有させてもらう,格別な時間の到来です。
彼らとのつきあいは,それこそ小学5年の「クソガキ」時代から知っているやつから,今年からの受験生まで,長短様々なのですが,そんなの関係ない。とにかく,全員に対して格別なひとときを迎えることができました。

 そして,何よりも,そのような時間を受験生と共有しようとするスタッフ一人が増え,そしてまた一人増え,という流れができたことも,講師側の人間として,とてもうれしく思いました。
 (労基法上の制約もあるので,ブレーキもかけますよ笑)
 それでも,頼んでもいないところで,入試当日に朝から受験生を励ましに行くと名乗り出てくれるスタッフが出てきたのには驚きました(普通は大学受験生に「入試応援」は考えていません・・・こちらも,労基法関係の調整で苦慮しました笑)。

 そんな中で,では,西荻塾スタッフが特別にやってきたことは,何ですか?と問いを発してみます。上記の話?

 強いていえば,中高通して,「教室のやりくり」でしょうか。
 中高30名前後が一同に上述のような状況になると,地獄の「教室のやりくり」です。あの教室なら今日は空いているからそこ。でも,そこで補習が・・・毎日,涙目の教室配分でした・・・

・・・うーん。持ち回った言い方をしようかと思いましたが,面倒だし,ここまで読んで下さる人がいるかも分からなくなってきたところですし,それはやめましょう。

 授業を持たない日でも,そして授業を担当していなくても,絶対に,生徒たちとの一体感は失わない。一緒に戦う。

 そんなの塾じゃない。「変な塾だ。」

 特に,大学受験塾や大手進学塾のスタイルからすると,授業のことを書かない時点で本当に変な塾かもしれません。そして,文字で塾の雰囲気が描かれているにもかかわらず,幾分,うざったくて,暑苦しい感がある。絆,信頼,これが塾のコメントに頻繁に出てくるものか。学校ではなく,所詮塾ではないか。

 もちろん,組織を,大きくしてみたいという野心がないといったら嘘八百になります。そのためには,感傷に浸っているばかりではいけない。実業家やビジネスマンから叱咤を受けそうです。しかし,ビジネスはビジネスとしてでも,私はそれだけで人は動かないと思っています。特に西荻塾は。

 崖の上のポニョの舞台となった広島県の「鞆の浦」周辺を巡る再開発の行政差止訴訟においては,環境弁護団の活躍が光りました。第1審で画期的な差止決定が下り,現知事は予定されていたプランでの再開発を凍結するにいたりました。
 事件を担当した弁護団は,日当や旅費も受け取らないと聞いています。もちろん,生活はあるから,そればっかりというわけではない。しかし,信念や正義感に素直に従う日々があっていい。

 今年の西荻塾も同様で,信頼や絆に素直になって動いてきたように思います。しかし,これが特別なことであるのか?特筆すべきことか?迷いはぬぐい切れていないまま文字におこしています。

(もちろん,労働従事と信頼や絆に素直に従うことの線引きが非常に難しい職務であると思いますから,全面に絆や信頼を打ち出してその大義名分のもとでタダ働きをさせてしまうことは,それこそ「ブラック企業」になってしまいますので,結局は,労基法の対象外たる塾の責任者たちが踏ん張るか,しなくていいと説得しても,いやいや我こそは!と名乗り出る頼もしいスタッフに集約されることも多いわけですが・・・)

 確かに,すでに,卓越した自己管理能力を持ち,自ら意識的に学ぶことができる子,います。高校生ともなればなおのことでしょう。
 大丈夫。そういう子は,大手の予備校,マスプロ授業であってもやっていける。
 そして,もちろん,塾の使命は,受験指導であって,それ以上でもそれ以下でもないのも承知ですから,生活指導とか精神修行など考えていません。

 しかし,「受験」に特化しても,受験について,ともに笑って凹む日々は,あっていいんじゃないでしょうか。在学校も,志望も,文系理系も違えど,受験生が,そしてスタッフたちが運命共同体になることはそんなに不自然な流れでしょうか。

 個人塾・・・千差万別です。しかし,こういう個人塾があっていいように思うのです。変な塾でも。
かつては,もう少し経営効率のよい個人塾を考えていましたが,まあ今のところ,あまり良くないのも事実です。高校部だけでもこうなのに,中学部までそれをやられると,会計監査人から文句が出ます。出ています。

 しかし,西荻塾とは,やっぱりそういう「変な塾」であります。それ以外で,変なところは,少しずつ,改めていくつもりです。まだまだ「未完の小器」だと鼻息は荒い。しかし,「変な塾」であることは,申し訳ないがやめようとは思っていません。

 「なつかしくて,西荻に寄った。ケーキ屋でバイトを始めたんだけど,売れ残りのやつです。みんなで食べようと思って。」←うれしい。
 「バイト決めたいんだけど,何がいいですか?」←えーーーっ?わかりません。
 「ミクロ経済学の需要の価格弾力性がわかりません。先生!教えて!」←1%価格が・・・(いや自分でやって!)

 とりあえずですね,いい加減卒塾しろ!大学生だろうが!と思いつつ,ああ,これがうちの塾だ,と思うわけです。

 今年も,「変な塾」その意味において,反省のない,2015年入試であったと思います。
 もう一度,卒塾するみなさんに,心から敬意と感謝を込めて。

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