1月 312016
 

長らく大学受験を担当していますと,あと一歩のところでくすぶる諸君に共通していえることは,読解力,すなわち国語で養うべき力の欠如が原因にあるということが見えてきます。

当塾では,理系で,受験科目として必要でないから,センターのみだから,という子には,中間学年において特に折に触れて「国語」の授業を行うことがあります(たとえば,講習会などで,英文を含む自然科学系の文章の読解講座や数学の問題であっても相応の読解力・論理力を問う問題など)。「ガチ」で理系の皆さんに,受験科目でもない「国語」の授業をすることはいたしませんけれども,国立大学が視野に入るのであれば当然国語は受験科目となりますし,私立か国立か,まだ双方の可能性を秘めている中間学年においては,是非,国語の授業を通して読解力を養成していただきたいと思います。

以下,東大理学部の学生がかつて寄せてくれた論考です。一読ください。

「国語は受験科目ではないから勉強する必要はない」(理系)
「国語は後回し。あまり勉強する必要性を感じない。」(文系)
そう考える人がいますが,これは大きな間違いです。ある程度の国語の力が無ければ,たとえ国語が受験科目でなくとも,受験を乗り切ることなどできません。国語の力とは,文章から論理を読み取り,自らの手で論理を組み立てる力だと言い換えることができます。国語の問題を解くときには,正確に作者の意図を読み取り,またそれを自分の言葉を使って再構築しなければいけません。このようなとき,必要不可欠となるのが国語の力です。
これは全ての教科の基盤をなすものであるといえます。たとえば数学や理科の問題を解くにしても,問題文から必要な情報を正確に読み取ることができなければ,問題を解くという土俵に立つことすら許されません。また,読み取った問題に対して,どんなにすばらしい解答を頭の中に思い描こうとも,それを紙の上に表現することができなければ,無意味というほかはありません。端的に言えば,数学の勉強だけでは数学ができるようにはならないし,理科の勉強だけやっていても理科ができるようにはならないのです。たとえ苦労して知識や解法を頭に詰め込んでいったとしても,国語力という土台がなければ,それを十分に使いこなすことはできません。ある程度までは成績が伸びるかもしれませんが,いつかは頭打ちになる日が来ると断言します。
受験が近づくにつれ,国語が試験科目でない人は特に,国語に勉強する時間を割くことが難しくなっていきます。チャンスは今しかありません。たとえば空いた時間に本や新聞を読むだけでもよいのです。そういった少しの努力の積み重ねは,あなたの背骨となり,あなたを支えてくれるに違いありません。

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